【3回シリーズ①】優秀な人材はなぜ突然退職するのか──サッカー日本代表・遠藤航選手の「もやもや」から考える組織マネジメント
- Grasp! Vietnam
- 8月3日
- 読了時間: 11分
更新日:6 日前
第1回 肩書きと役割は同じではない
~優秀な人材が組織を支えすぎるという逆説~
※本稿では登場人物・関係者の敬称を略しています。
※本稿は、特定の監督や選手を批判・評価することを目的としたものではありません。2026年FIFAワールドカップ北中米大会で起きた出来事を題材に、「優秀な人材への依存」「立場と役割」「管理者の説明責任」という観点から、組織マネジメントについて考察するものです。

はじめに
弊社Grasp!は、ベトナムに進出する日系企業・外資系企業向けに人材紹介・採用支援を行っている会社です。
日々クライアント企業と向き合う中で、社員の退職理由や、その背景にある心理について考える機会が数多くあります。
転職を希望する本人へのヒアリングだけでなく、企業側からも退職に至った経緯を伺い、一つひとつの事例を丁寧に見ていくと、ある共通した傾向に気づかされることがあります。
一般的には、会社や待遇への不満を日頃から口にしているような、「モチベーション」に問題を抱えた社員ほど退職するように思われがちです。
しかし実際には、退職するその日まで会社を支え、部下を守り、顧客との間に立ち、文句ひとつ言わず責任を引き受けてきた人ほど、ある日突然退職するケースが少なくありません。
たったの一つの要因・事例が退職理由となることは稀です。複数の要因・事例が重なり合い、最終的に退職という決断に至ることがほとんどです。
それでも、企業側の反応は驚くほど共通しています。
「まさか、あの優秀な人材が退職するとは思わなかった。」
経営者や管理職から、この言葉を聞くことは決して珍しくないですよね。
しかし、この言葉そのものが、組織の状態を物語っていることがあります。
優秀な人って、周囲に素振りを見せずに組織の問題を自分一人で抱え込めたりするんです、巧妙に。自身のプライドでそういう事をする人もいますよね。
現場スタッフやワーカーの不満を吸収し、顧客との摩擦を吸収し、上司との板挟みさえも引き受ける。
だから組織は、一見すると何の問題もなく動いているように見えます。
実際には問題は存在していても、それを誰かが緩衝材(ショックアブソーバー)のように吸収してしまっているため、経営者や上級管理職には見えづらくなっているのです。
2026年FIFAワールドカップ北中米大会終了後、日本代表キャプテンだった遠藤航は、会員制コンテンツ「月刊WATARU ENDO」の中で、大会前後の心境を振り返りました。
その中で遠藤は、与えられた役割の重さや難しさ、そして、それに見合う信任を得られていたのかという趣旨の思いを語っています。
さらに、自分自身以外を責める姿勢は一切見せず、「誰が悪いという話ではない」「怪我をした自分にも責任がある」という趣旨の発言も繰り返していました。
筆者はこの動画を見たとき、最初に思い浮かんだのはサッカーではありませんでした。
これまで面談してきた数千人の転職希望者の顔でした。
経営者から、
「まさか、あの人が辞めるとは思わなかった。」
という言葉を聞くたびに思い出す、あの人たちです。
人材採用・人事関連の仕事をしていると、その言葉を度々耳にします。
そして、その「あの人」の多くは、最後まで組織を支え続けた人たちでした。
「優秀な人材が、組織を支えすぎてしまう。」
人材採用支援を通じて何度も目にしてきた企業の姿と、驚くほどよく似ていると感じたのです。
遠藤の言葉は、サッカー日本代表だけの話には思えませんでした。
企業でも、学校でも、行政でも、組織である以上、同じ構造は起こり得ます。
本稿では、この出来事をスポーツ論としてではなく、一つの組織マネジメントの事例として考えてみたいと思います。
第1章 北中米ワールドカップで何が起きたのか
弊社はサッカーやスポーツに関する専門的な知見を有した組織ではありません。
そのため、まずは本稿の前提となる出来事を素人なりに整理しておきます。
2026年6月から1か月強にわたり開催されたFIFAワールドカップ北中米大会。
日本代表チームは「優勝」を目標に大会へ臨みました。
結果は、決勝トーナメント1回戦でブラジル代表に敗れ、ベスト32で大会を終えます。
大会開幕前、大きな話題の一つとなったのが、キャプテン・遠藤航の扱いでした。
遠藤は2026年2月、所属クラブの公式戦で左足のリスフラン靱帯を負傷し全治約6か月と診断されます。
その後リハビリを経て、ワールドカップ本大会メンバーにキャプテンとして選出され、大会前には初戦オランダ戦への出場も視野に入っていると説明されていました。
その後、森保一監督の判断により、開幕4日前に出場登録メンバーから外れることになります。
ここでは、サッカーの専門家ではない筆者がこの判断そのものの正否を論じるつもりはありません。
サッカー日本代表監督には、チーム全体の勝利を最優先に考える責任があります。怪我を抱えた主力選手を外すという決断は、状況によっては十分あり得るものでしょう。
実のところ、筆者は判断の是非自体にはあんまり関心はなく、むしろ気になったことがあります。会社などの組織においては、「決めた内容」ではなく、「どういう背景で決めたか」であったり、その理由や期待する役割が「当事者に十分伝わっていたのか」だったりするからです。
この点は、一般企業において同じことがあてはまりそうにも思えます。
例えば、人事異動や昇進、配置転換において、それ自体への不満はそれほどではなく、「なぜその判断に至ったのか」が十分に共有されなかったことが、後になって組織に大きな負の影響を及ぼすケースは、企業で働く皆さんにも想像がつくのではないでしょうか。
大会終了後、遠藤は会員制コンテンツの中で、複数年に渡り抱えていた「もやもや」について語りました。
※遠藤自身は「もやもや」という言葉は使っていません。
その内容からは、単に代表から外れたことへの不満ではなく、監督との信頼関係について複雑な思いを抱えていたことがうかがえます。
その真意は本人にしか分かりませんが「十分に信頼されている実感を持てなかった」という趣旨の発言は、多くの企業組織で起きている問題とも重なって見えました。
組織の中では、判断そのものよりも、「自分はどのような役割を期待されているのか」「組織は自分をどう見ているのか」が分からなくなったときに、人は大きな違和感を抱くことがあります。
筆者は、遠藤の言葉を聞きながら、そのことを改めて考えさせられました。
第2章 キャプテンがいるのに、なぜ「もう一人のキャプテン」が必要だったのか
遠藤がキャプテンを務めていた期間、日本代表ではいくつか印象的な出来事がありました。
2023年のアジアカップ敗退後、大ベテランの長友佑都が代表へ復帰したこと。
ワールドカップ壮行試合では、すでに代表を引退していた吉田麻也が1試合限定で招集され、キャプテンマークを巻いたこと。
遠藤が出場している試合にも関わらず、久保建英がゲームキャプテンを務めたこと。
さらに、本大会では長友が「精神的支柱」としてメンバーに選出され、吉田は大会前合宿からサポートメンバーとして参加しました。
加えて、中村俊輔や長谷部誠といった歴代代表の中心選手が、代表コーチとしてチームに加わっています。
それぞれには個別の事情があり、長友や吉田、あるいは歴代代表選手の功績を否定するものではありません。
注目したいのは、そこから読み取れる「立場」と「役割」の関係です。
遠藤は、正式な日本代表キャプテンでした。
しかし実際には、
精神的支柱としての長友
経験を伝える存在としての吉田
次世代リーダーとして期待される久保
「兄貴分」としてチームを支える中村・長谷部
このように、リーダーシップの機能は複数人へ分散していたように見えます。
企業でも同じことがあります。
社長一人が営業も技術も採用も人材育成も担うことはできません。
営業を率いる人がいる。
技術を牽引する人がいる。
組織文化を支えるベテランがいる。
若手を育てる管理職がいる。
役割を分担すること自体は、健全な組織ではごく自然なことです。
一人のリーダーにすべてを背負わせる組織のほうが、長続きしません。
その前提となるのは、役割についての共通認識です。
組織の中で、
「あなたには何を期待しているのか。」
「なぜその役割をお願いしているのか。」
「組織として何を任せたいのか。」
こうした認識が共有されていなければ、肩書きだけが残り、本人は「自分は何を期待されているのか」が分からなくなります。
もし、正式なキャプテンである遠藤自身が、「十分に信頼されている実感を持てなかった」と感じていたのであれば、それは能力の問題ではなく、「立場」と「役割」の設計や、コミュニケーションのあり方に課題があった可能性があります。
外部からその内情を断定することはできません。
本稿は、その是非を論じるものでもありません。
この出来事は、私たちに一つの問いを投げかけています。
組織において、肩書きを与えることと、その人を信頼し、役割を共有することは、同じではない。
これは企業でも同じですね。
・部長という肩書き
・課長という肩書き
・プロジェクトリーダーという肩書き
その人に何を期待し、どこまで任せ、どのような役割を果たしてほしいのかが共有されていなければ、その肩書きは単なる名称になってしまいます。
一方で、役割が明確に共有されている組織では、必ずしも肩書きだけで組織は動きません。
正式な役職を持たなくても、なんとなく相談されやすい人、場の雰囲気を明るくする人や顧客との関係作りがうまいタイプ、っていますよね。Over Achievedながらこういう事ができてしまう人たち。
組織には、組織図には描かれない重要な役割が少なからず存在します。
管理職といった役割は、辞令を出せば終わるものではありません。
その共有は一度伝えれば終わるものでもありません。
状況が変われば役割も変わり、組織が変われば期待も変わります。
その都度、対話が必要になります。
役割は、辞令だけでは決まりません。コミュニケーションの中で育っていくものです。

写真:Hossein Zohrevand / Tasnim News Agency(CC BY 4.0、Wikimedia Commonsより・トリミング画像)
おわりに
企業では、名ばかり管理職や権限が無いにリーダーは決して珍しくありませんよね。そういう違和感は、大抵は可視化されません。
優秀な人は、それを自分の中で飲み込んでしまえるからで、また優秀さの一つにそういうスキルが定義されることもあります。プレッシャー耐性とかレジリエンスなどといいますね。
結局、そうしたスキルを発揮すべく周囲に心配をかけまいと、いつも通り振る舞います。
責任感が強い人ほど、組織の問題を「自分が何とかしよう」と考えます。
その結果、組織は一見すると順調に回っているように見えます。
実際には、その人が一人で問題を吸収していただけで、結果として問題の可視化を遅らせていたのかもしれません。
経営者は、
「まさか、あの人が辞めるとは思わなかった。」
と言います。
一方で、本人は、
「ようやく辞める決断ができた。」
と感じていることがあります。
この認識のずれは、どこから生まれるのでしょうか。
何となく思うのですが、その背景には、「優秀な人ほど組織の問題を吸収してしまう」という構造があるのではないでしょうか。
組織の本当の問題は、退職届が提出された日に突然生まれるのではありません。
それよりずっと前から、静かに積み重なっているのです。
次回は、この「優秀な人材が組織の問題を吸収する」という現象について、企業組織を例にもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
ここではこのような人材を、組織の**「ショックアブソーバー(緩衝材)」**と呼んでみます。彼らが組織を支えている間は、経営者には問題が見えません。
その人が組織を去った瞬間、それまで吸収されていた問題が、一気に表面化することがあります。
優秀な人ほど、最後まで組織を守ろうとします。
組織は、その優秀さに甘えてはいけないのです。
【3回シリーズ】
① 優秀な人材はなぜ突然退職するのか
よくある質問(FAQ)
Q1. 優秀な人材が突然退職するのはなぜですか?
優秀な人材の退職は、実際には「突然」決まったものではないことがあります。責任感が強く、自分で問題を処理できる人ほど、不満や組織の問題を周囲に見せずに抱え込むことがあるためです。企業側には突然の退職に見えても、本人の中では複数の出来事や違和感が長期間積み重なっていた可能性があります。
Q2. 肩書きと役割の違いは何ですか?
肩書きは「部長」「課長」「リーダー」など組織から与えられる名称ですが、役割は「何を期待され、何を任され、どのような責任を果たすのか」という実際の機能を意味します。肩書きを与えるだけでは、本人が自分の役割を理解しているとは限りません。役割について継続的に対話し、認識を共有することが重要です。
Q3. 優秀な人材の退職を防ぐために管理者が注意すべきことは何ですか?
「問題なく仕事をしているから大丈夫」と考えないことです。優秀な人ほど、部下や顧客、上司との間で生じる問題を自分で吸収し、組織を正常に見せてしまうことがあります。「この人なら大丈夫」という評価が、いつの間にかその人への依存になっていないか、期待する役割や権限が本人と共有されているかを定期的に確認する必要があります。
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