【3回シリーズ③】優秀な人材はなぜ突然退職するのか──「空気」が人を辞めさせる──サッカー日本代表・遠藤航選手から考える日本企業の責任構造
- Grasp! Vietnam
- 8月9日
- 読了時間: 7分
更新日:8月10日
※本稿では登場人物・関係者の敬称を略しています。
※本稿は、特定の監督や選手を批判・評価することを目的としたものではありません。2026年FIFAワールドカップ北中米大会で起きた出来事を題材に、「優秀な人材への依存」「立場と役割」「管理者の説明責任」という観点から、組織マネジメントについて考察するものです。

はじめに──シリーズを振り返る
前回まで、サッカー日本代表キャプテン・遠藤航が大会後に語った言葉をきっかけに「優秀な人材が組織の問題を吸収してしまう」現象について考えてきました。
本シリーズで取り上げたかったのは、サッカーの戦術でも監督の采配の是非でもありません。
組織には、問題を表に出す人と、問題を吸収してしまう人がいます。
そして皮肉なことに、後者である吸収してしまう「優秀な人材」ほど、組織から高く評価される傾向があります。
ただし、それが結果として、組織の課題を見えにくくしてしまうことがあります。
なぜそのようなことが起きるのでしょうか。
最終回では、日本の組織文化や近年の組織論・マネジメント論も参考にしながら、その背景について考えてみたいと思います。
第5章 組織を弱くするのは「空気」なのか
日本には「空気を読む」という言葉があります。
相手が何を考えているのかを言外に感じ取り、場の調和を乱さないように振る舞う。
それ自体は日本社会の長所的な特徴ともいえます。
ただしその「空気」が重んじられるあまり、本質的な説明や、相互作用的な対話にとって代わると、組織には別の問題が生じます
また旧日本軍を組織論の観点から分析した名著『失敗の本質――日本軍の組織論的研究』では、合理的・体系的な意思決定や組織学習が十分に機能せず、人的関係やその場の状況に依存する組織特性が分析されています。
日本代表サッカーにおいては守田英正選手が「勝利のために」状況打開的な異を唱え、時には成功し(2022年W杯スペイン戦)、時には失敗(2023年アジア杯イラン戦)もありました。事後にはその越権的行為が議論にもなりました。
※筆者は守田選手、断然支持です。
冨安健洋選手も2026年W杯ブラジル戦後、チーム全体がある方向へ流れていったことを思わせる、興味深い発言をしています。
「セカンドハーフは、どちらかというと守備時というよりは攻撃時の方に課題があったかなと思います。奪った後のボールだとか、なんかプレーするのをやめちゃった感は……でもそれも割り切りでやっていた部分もあったので、それをするなら耐え切らないといけない。結局、相手陣内でどれだけボールを保持できるかというところは、どのチームであれ大事ですし、その時間を増やすことができれば失点の確率も減る。本当に、日本はまだまだなんだろうなっていう感じです」(Number Web:サッカー日本代表PRESS posted2026/07/02 11:03より引用)
「何となくそうなった」「言わなくても分かると思った」という意思決定、それに異を唱えたり反論することの難しさは、歴史的な組織論からも、そして現在進行形のスポーツの現場からも、繰り返し語られてきたテーマです。
一方で、空気を作る側に目を向けると、問題はその「空気」自体が存在することではありません。周囲がその「空気」自体を読み、忖度し、正解を探ろうとする中で、かえって「空気」自体が強化されることです。そうして、強化された空気により、本来説明すべき当事者の責任(空気の出し手)がますます見えにくくなっていく――ここに問題の本質があります。
管理者には判断する権限があり、同時にその判断を説明する責任もあります。
説明責任とは自分の判断を正当化することではありません。
なぜその判断に至り、何を期待し、何を優先したのか。
それを当事者と共有することに本質的な意味があります。
相手が必ず納得するとは限りませんが、それでも「理由を伝える」という姿勢そのものが、信頼関係の土台になります。
第6章 「優しさ」は時に組織を弱くする
近年のマネジメント論で私が興味深いと感じている考え方に、Kim Scott氏が提唱した『Radical Candor(ラディカル・キャンダー)』があります。
そこでは、良いマネジメントとは、
「相手への配慮(Care Personally)と、率直に伝えること(Challenge Directly)の両立」であるとします。
一方で、
相手を傷つけたくない、嫌われたくない、空気を悪くしたくない。
そうした気持ちから、本来伝えるべきことを伝えない状態は、「Ruinous Empathy(過剰な共感・優しさ)」と呼ばれます。
今回の日本代表にその理論をそのまま当てはめることには慎重になるべきですが、このRadical Candorは企業組織を考える上で大きな示唆を与えてくれます。
私たちは「厳しく伝える管理者」ばかりを問題視しがちです。
しかし実際には「何も言わない管理者」「曖昧なままにする管理者」もまた、組織に大きな影響を与えます。
森保一監督については、「選手に気を使いすぎた」という指摘もあります。
ただ、相手を思いやることと、率直に伝えることは、本来別の話です。
気を使った結果として、言うべきことまで言わなくなってしまえば、それは相手ではなくハレーションを恐れる自分自身への配慮です。
相手を信頼しているのであれば、期待することや役割について、きちんと言葉にする必要があります。
おわりに──経営者・管理者が本当に問うべきこと
優秀な社員が退職すると、多くの経営者はこう言います。
「どうして相談してくれなかったのだろう」
本当に問うべきことは別にあります。
なぜ、その人は相談できなかったのか
なぜ、誰も異変に気づけなかったのか
優秀な人材ほど、最後まで組織を守ろうとします。
部下を守り、顧客を守り、会社を守り、そして自分自身の不満を後回しにします。
だからこそ、周囲は「問題はない」と思い込みます。
しかし、それは問題が存在しないのではなく、誰かが吸収してくれているだけなのかもしれません。
人材紹介という仕事を通じて、私はそうした場面を何度も見てきました。
そして、そのたびに感じるのは、優秀な人材が退職する理由は、退職を決意した当日の出来事や心模様にあるのではなく、その何年も前から組織の中に生まれているということです。
組織は結局、人によって支えられています。本来、形のない儚いものです。
だからこそ、たとえその人が優秀であったとしても、一部の人に過度に甘える理由にはなり得ません。
「この人なら大丈夫」
「この人なら理解してくれる」
そうした期待や甘えはいつしか依存へと変わり、徐々に本人と組織を蝕みます。
今回、遠藤航が語ったもやっとした内心を表す数々の言葉の真意は、本人にしか分かりません。第三者が断定的に語るべきことではないでしょう。
ただその言葉や出来事は私たちに一つの問いを投げかけてくれました。
組織とは何か
リーダーとは何か
そして、本当の信頼とは何か
この問いは、サッカーに限らず、企業でも、学校でも、あらゆる組織に共通するテーマなのではないでしょうか。
本シリーズが、皆様それぞれの組織を見つめ直すきっかけになれば幸いです。
【3回シリーズ】
③「空気」が人を辞めさせる
「よくある質問(FAQ)」
Q1. 優秀な人材が突然退職する理由は何ですか?
優秀な人材の退職は、必ずしも突然決まるものではありません。責任感の強い人ほど組織の問題や不満を自分の中で吸収し、表面上はいつも通り仕事を続けることがあります。そのため、周囲からは「突然辞めた」ように見えても、本人の中では何年も前から退職につながる問題が積み重なっていた可能性があります。
Q2. 優秀な人ほど退職の兆候が見えにくいのはなぜですか?
自分で問題を処理できる能力が高く、周囲に心配をかけないよう振る舞えるからです。また、部下や顧客、組織への責任感から、自分自身の不満を後回しにすることもあります。問題がないのではなく、本人が問題を吸収しているため、組織から見えなくなっている場合があります。
Q3. 優秀な人材の退職を防ぐために管理者ができることは何ですか?
「何かあったら相談してほしい」と待つだけでは十分ではありません。管理者自身が、期待する役割や判断の理由を言葉にし、日頃から率直に対話できる関係を作る必要があります。「この人なら大丈夫」「言わなくても分かる」という信頼が、いつの間にか相手への依存になっていないかを確認することも重要です。
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