【3回シリーズ】ベトナムから考える異文化受容①
- Grasp! Vietnam
- 7月27日
- 読了時間: 10分
更新日:19 時間前

第1回
『異文化受容のパラドックス』から考える ベトナムの文化受容と海外日本人社会
はじめに
当社Grasp!は主にベトナム国内で日系企業とベトナム地場企業、人と人をつなぐ人材紹介・採用支援サービスを主事業としております。
人材紹介サービスというと「企業/法人」と「求職者/個人」を結び付ける仕事と思われるかもしれません。確かにそうなのですが、実際にはそれだけとも言えない性質をもっていたりします。
日系企業とベトナム企業ではビジネス・日々の業務の進め方も、価値観も、「なにを当たり前とするか」も違います。
平たく言いますと、私たちの仕事は、そうした違いを理解し、お互いが受け入れられる形へ「翻訳する」ことでもあります。
そして、筆者はベトナムの地で15年ほどビジネスに関わっております。
「ベトナム文化について」「異文化について」ひいて「異文化とはなにか?」「異文化はどのように受け入れられるのか?」などと考える機会が少なくありません。
そんな中、2026年も半ばを迎えた最近、ほぼ同じ時期に三つの出来事が重なりました。
一つ目は、社会心理学者・小坂井敏晶氏の著書『異文化受容のパラドックス』を読んだこと。
二つ目は、日本語を話すベトナム人の知人や家族と、日本人コミュニティについて話をする機会があったこと。
そして三つ目は、SNSで日本国内の最近流行っている女性ファッションに関するPostを見たことでした。
・ワイドパンツ
・オーバーサイズ
・シアー素材
日本においてもベトナムにおいても、毎年のように流行が変わる一方で、多くの人がその流行を自然に受け入れています。
その様子を見ながら、
最初は「なぜ男性よりも女性の方が流行に敏感なのだろう」と考えました。
ただ考えていくうちに、少し違うところが気になり始めました。
「同じ流行を追っているのに、なぜそれが『個性』として成立するのだろう」
そんな疑問が浮かびました。
一見すると、まったく関係のない三つの出来事です。
しかし考え続けているうちに、私はこれらがすべて、
「共同体はどのように異文化を受け入れるのか」
という一つの問いにつながっていることに気付きました。
今回はその思考を整理してみたいと思います。
ベトナムで以前から感じていた違和感
私がベトナムへ来た15年前と比べると、昨今は日本文化が驚くほど浸透しました。
アニメや漫画だけではありません。
・日本式のコンビニ
・ラーメン
・焼肉
・日本酒
そして近年では、世界的に大ブームのお寿司の中、コース料理のみを板前さんのおまかせで提供するタイプの高級寿司店を意味する**「Omakase」**という言葉まで、そのままベトナムで通じるようになりつつあります。ホーチミンでもハノイでも、「今日はOmakaseへ行こう」という会話は、ごく自然に聞かれるようになりました。
※もちろんOmakase寿司が多くの方々にとってはまだまだ贅沢で高価なものであることは理解しています。
一方、しかしそれによってベトナムの方々がPho(フォー)やCơm Tam(コムタム)を食べなくなったわけではありません。
朝はPhoを食べ、休日にはOmakaseへ行く。
そんな光景は、今では決して珍しいものではありません。
私は以前からこのことを不思議に思っていました。
日本文化は確かに受け入れられている、それなのにベトナム文化は失われていない。
こうした現象の発生、つまり、「共同体はどのようにして異文化を受け入れている」のでしょうか?
そんな疑問を抱えながら『異文化受容のパラドックス』を読み進めると、それまで別々に考えていた出来事が、一つの構造として見えてきました。

「個性」は、同調があって初めて成立する
『異文化受容のパラドックス』の中で、私が最も印象に残ったのは、
「個性とは共同体への同調を前提として成立する」という考え方でした。
私たちは一般的に、「個性的」であることととは”他人と違うこと”だと考えています。
しかし、小坂井氏の議論をヒントに、私はこのように考えてみました。
-共同体のルールや価値観を共有しているからこそ、その中での違いこそが「個性」として認識される-
そう考えたとき、上述したSNSの日本人女性の流行りのファッションが思い出されます。
・ワイドパンツ
・オーバーサイズ
・シアー素材
皆、流行を追っているようでいて、一人ひとり微妙に違う。
色が違う。
丈が違う。
素材が違う。
バッグが違う。
つまり、
みんな同じなのに、少しだけ違う。
こういう構造にこそ、私のような海外在住者特有の「多層化された自意識が生み出す異文化感受センサー」が反応するんです。

「抜け駆け」の構造
「みんな同じなのに、みんな違う。」
この構造を仮に「抜け駆け」と呼んでみたいと思います。
ここでいう抜け駆けとは、共同体を否定したり、そこから離脱したりすることではありません。
共同体の一員であり続けながら、その中でほんの少しだけ先へ行くことです。
流行を無視するのではありませんね。
流行を共有しているからこそ、その中で少しだけ差をつくる。
女性ファッションは、その典型例なのかもしれません。
共同体のルール・マナーを共有し、その上で少しだけ自分らしさを表現する。
そうした営みこそ「個性的」と評価される。
逆に、共同体そのものを否定してしまえば、それは「個性」ではなく、「共同体の外側にいる人」になってしまいます。
つまり、
個性とは、同調と共感を前提として初めて成立するものなのです。
※一つ前の小タイトルから、論を進めるうちに「共感」という現象を思いつきましたので、ここの結論はやや異なってしまいました。
海外日本人社会でも起きる現象
この考え方を読んだとき、真っ先に海外日本人社会を思い浮かべました。
・日本人学校
・日本人会
・県人会
・子どもの習い事
・駐妻コミュニティ
こうした場所には、
「私たちは日本人同士ですよね?」
という言葉にはならない、共同体への連帯を暗黙に期待し、ときに相手へ同調を促す前提があります。
もちろんそれ自体は悪いことではありませんね。
海外で生活する日本人同士が助け合うことは、ごく自然なことです。
しかし、その共同体の中では、
「日本人として、こうあるべきだ。」
という見えない規範も共有されやすくなります。
だからこそ、
日本文化を極端に否定する人。
日本人らしさを拒絶する人。
あるいは、日本人社会から一方的に恩恵を受けながら、その共同体そのものを強く批判する人。
そうした人に対して、どこか居心地の悪さを感じることがあります。
筆者これまで、その理由はぼんやりとしたままで良く理解できませんでした。
しかし、小坂井氏の議論を読んで、少し整理できたように思います。
共同体は「共同体の中での抜け駆け」は受け入れます。
しかし、共同体そのものを否定する「抜け駆け」は、自ら共同体の外へ立とうとする行為として受け止められます。
だから反発が生まれるのです。
この構造は海外日本人社会だけでなく、多くの共同体に共通して見られるものではないかと推測できます。
ベトナムは、なぜ異文化を受け入れられるのか
では、ベトナムはなぜ日本文化を受け入れられるのでしょうか。
ずばりそれはベトナムは文化を置き換えていないからだと思います。
日本食はベトナム料理を消しえません。
OmakaseはPhoの代わりではなく、焼鳥もCom Tamの代わりにはなりませんね。
「何を当たり前のことを」と思われるかもしれません。
しかし、逆に考えてみてください。
なぜPhoやCom Tamの上には、お刺身がのっていないのでしょうか。
もちろん、「美味しくなさそうだから」という理由もあるでしょう。
しかし、それだけではありません。
もし日本料理がベトナム料理を置き換え始めたら、それは異文化の受容ではなく、共同体が育んできた食文化そのものを書き換えることになってしまいます。
だからベトナムでは、日本料理は日本料理として受け入れられる。
PhoはPhoのまま。Com TamはCom Tamのまま。
共同体とその文化は守られています。その上で、新しい文化が少しずつ積み重ねられていく。
休日にOmakaseを選んで食べに行く、その人自身の振る舞いもまた、個人レベルでの「抜け駆け」なのかもしれません。日常はPhoやCom Tamを食べながら、休日には少しだけ違うものを選ぶ。この構造は、女性ファッションで見た「少しだけ違いを出す」という現象と、相似形を成しています。
異文化受容とは、文化の置き換えではなく、文化への「追加」なのかもしれません。
PhoをやめOmakase寿司に行くのではなく、Phoを食べる生活の中にOmakase寿司が加わる。筆者が15年間ベトナムで見てきたのは、そういう異文化受容です。
さらに考えると、これは国家という共同体における「抜け駆け」なのかもしれません。個人が共同体に同調しながら少しだけ違いを出すように、ベトナムという共同体もまた、自らの文化を保ちながら、日本文化という「差分」を少しずつ取り込んでいる。スケールが変わっても、構造は変わらないように思うのです。
おわりに
ここで一つ、新たな疑問が生まれます。
共同体は、外からやってくる異文化を、誰を通して受け入れているのでしょうか。
仮説ですが、その役割を果たしている存在がいるのではないかと考えています。
例えば、
日本語を話すベトナム人。
ベトナムで働く日本人。
そして、日本企業とベトナム企業、人と人をつなぐ人材紹介という仕事。
こうした「二つの文化の境界」に立つ人たちは、それぞれの文化を理解し、お互いの文化を少しずつ共同体の中へ運ぶ役割を果たしているように思えます。
、こうした存在をここでは**「境界人」**と呼んでみたいと思います。
(社会学には、ロバート・パークの「マージナル・マン」やゲオルク・ジンメルの「よそ者」論など、近い概念がすでに存在します。それらを踏まえつつ、ここでは私自身の実感に近い言葉として「境界人」と使ってます)
異文化は、共同体の外から突然入り込んでくるのではありません。
境界に立つ人々を通じて、少しずつ共同体の中へと運ばれてくる。
もしそうだとすれば、共同体は「境界人」の存在によって変化しながら、自らの文化を維持
していることになります。
次回は、日本語を話すベトナム人である私の家族のことや、筆者自身のベトナム(海外)日本人社会での経験を手がかりに、この「境界人」という存在について、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

よくあるQ&A
Q1. 異文化受容とは何ですか?
異文化受容とは、自分たちとは異なる文化や価値観、生活習慣などを理解し、社会や生活の中に受け入れていくことです。ただし、異文化を受け入れることは、自分たちの文化を捨てることと同じではありません。本稿では、ベトナムでの日本文化の広がりを例に、異文化受容を既存文化の「置き換え」ではなく「追加」として考えています。
Q2. ベトナムでは日本文化はどのように受け入れられていますか?
ベトナムでは、アニメや漫画だけでなく、日本食、コンビニ、ラーメン、焼肉、Omakaseなど、さまざまな日本文化が日常生活に入り込んでいます。一方で、PhoやCom Tamなどのベトナム文化が失われたわけではありません。既存の文化を維持しながら、新しい文化を選択肢として加えている点が特徴的です。
Q3. 異文化受容と「個性」にはどのような関係がありますか?
個性は、必ずしも共同体から完全に離れることで生まれるわけではありません。共同体の価値観やルールをある程度共有したうえで、そこに少しだけ違いを加えることで「個性」として認識されることがあります。本稿では、この同調と差異化が同時に起こる現象を「抜け駆け」という言葉で考察しています。
Q4. 「境界人」とは何ですか?
本稿では、異なる二つの文化や共同体の境界に立ち、それぞれの文化や価値観を理解しながら両者をつなぐ人を「境界人」と呼んでいます。例えば、日本語を話すベトナム人、ベトナムで長く働く日本人、日系企業とベトナム人求職者をつなぐ人材紹介の仕事などがその例です。社会学には、ロバート・E・パークの「マージナル・マン」やゲオルク・ジンメルの「よそ者」など、これに関連する概念があります。
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