【3回シリーズ②】優秀な人材はなぜ突然退職するのか|ショックアブソーバー社員と組織マネジメント──サッカー日本代表・遠藤航選手から考える「組織を支えすぎる人」
- Grasp! Vietnam
- 8月5日
- 読了時間: 8分
更新日:8月10日
第2回 ショックアブソーバー
~優秀な人材は、なぜ組織を支えすぎてしまうのか~
※本稿は、特定の監督や選手を批判・評価することを目的としたものではありません。2026年FIFAワールドカップ北中米大会で起きた出来事を題材に、「優秀な人材への依存」「立場と役割」「管理者の説明責任」という観点から、組織マネジメントについて考察するものです。

前回は、2026年FIFAワールドカップ北中米大会、日本代表キャプテン・遠藤航選手の大会後の発言を手がかりに、組織マネジメントについて考えました。
そこから、優秀な人材が突然退職する企業にある共通点が見えてきました。
本記事ではサッカー日本代表・遠藤航選手の事例をもとに、ショックアブソーバー社員と組織マネジメントについて考えます。
前回取り上げたかったのは、代表メンバーから外れたことの是非そのものではありません。「立場」と「役割」は一致していたのか、管理者は期待する役割を十分に共有できていたのか。そして「十分に信頼されている実感を持てなかった」という趣旨の発言を、組織論としてどう受け止めるべきなのか、という問いでした。
今回はその続きとして、優秀な人材ほど組織を支え、結果として組織の問題を見えなくしてしまうという逆説について深堀りしてみます。
第3章「問題が起きていない会社」の正体
企業向けに長く採用支援をしていると、「問題が起きていない会社」に出会うことがあります。社員同士の大きな対立もなく、顧客からのクレームも少なく、退職者も少ない。
経営者自身も「うちは比較的うまくいっています」とおっしゃられます。
実際に「本当に良い組織だな、いい会社だな」と思うこともないこともないんです。ただ採用支援のような仕事特有の何でも疑う「クセ」がついているせいか、どうしても「見えてないだけではないの?」とうがった考えも湧いてしまいます。
そして、単に「問題が見えていないだけ」というケースがこれまた少なくない。断定的に言ってしまいますが、こういうケース、退職した社員が在籍中には言えなかったことを後から秘密裏のように聞かされることが度々起こるんです。それが退職から数年越しであったりもします。
そういう問題、原因が複数あるんですが、典型例として、その会社に一人、組織の問題を吸収してしまう人がいたりするんです。
現場で起きた不満、会計処理上のトラブルやミス、顧客とのトラブル、部署間の摩擦、上司への不信感——本来なら報告が上げられ、組織全体で向き合うべきはずのそれらが、一人の人間のところで止まる。経営者まで問題が届かないんですよね。
だから大方のところ組織が順調に見えてしまいます、経営者や管理者にとって。
実態は、問題が存在しないのではなく、誰かが黙って吸収しているだけだったりします。
こうした人を「ショックアブソーバー(緩衝材)」「アブソーバー」と呼ぶとしましょう。自動車のサスペンションが路面からの衝撃を吸収するように、組織の衝撃を一身に引き受ける人という意味ですね。
こういう人、本人は「会社を支えよう」と思って行動しています。なんなら、それが業務の勘所であり、そこを対応・処理できるところにこそ存在意義や誇りを感じていたりもするんです。「ああ、私はこの会社のことをよくわかっている」「私は優秀な人だ」と。おそら
そこが最も厄介なところなんですよね。
「責任感が強い人」が危ない理由
では、なぜショックアブソーバーになるのは、優秀な人なのか。
理由の一つは、責任感の強さそのものにあります。
「誰かがやらなければならない」「自分が我慢すれば済む」「こんなことで上司を困らせたくない」「部下に不安を与えたくない」「顧客との関係を壊したくない」。そう考えて、自分の中で問題を処理しようとする。組織のためを思っての行動なんですが、その善意の積み重ねが、本来なら組織全体で共有されるべき問題を、個人の中へ静かに閉じ込めていってしまうんです。組織に最も貢献している人ほど、組織の問題を見えなくしてしまう——ここに、ショックアブソーバーの最大の逆説があります。
実際、ご支援のための面談などをしていても、こういうタイプの方は謙遜しながらも、どこか誇らしげに自分の役回りを語りがちなんですよね。皮肉なことにその人が優秀であればあるほど組織は安定して見え、安定が続けば続くほど、組織側がその人への依存を深めていったりもします。気づけば、本人だけが少しずつ疲弊していく。周りは誰も気づけず、本人自身、何に疲弊しているのかさえ分からなくなっていたりします。
こういう状態、本人だけの責任ではないんですよね。
本来は経営者や管理職がその変化に気づき、「一人で抱え込まなくていい」という環境・仕組みをつくるのがあるべき姿です。しかし現実には、その人が何も言わない・素振りを見せないために「問題はない」と受け止められてしまうことが多いんです。そしてある日突然、退職届が出される。「そんなに大変だったのか」「なぜ相談してくれなかったのか」という言葉が交わされるのは、たいていその後です。その頃には、本人の決意はすでに固まっている。
だからといって、ショックアブソーバーの存在自体が悪いわけではありません。周囲を気遣い、責任を引き受け、最後まで踏ん張る人がいるからこそ、チームは危機を乗り越えられる場面が確かにあります。問題は、その役割がいつの間にか「その人だからできること」として固定化されてしまうことなんです。周囲は「大丈夫だろう」と思い、本人も「自分がやるしかない」と思う。その状態が、いつしか当たり前になってしまう。
前回取り上げた遠藤選手の発言を、このショックアブソーバー論に重ねて読み直してみると、
「他の選手の経験になるなら、オレがキャプテンマーク巻かなくても問題ない」
「監督の(勝つための)決断なので尊重する」
こうしたニュアンスの言葉は、試合に出られなかった悔しさだけを語っているようには聞こえませんね。キャプテンとして自分が担ってきた役割を果たせなかったこと、あるいはその役割が十分に共有されていなかったことへの、言葉にならない違和感だったと捉えることもできます。実際に何を考えていたかは、遠藤選手本人のみが知るところですが。
少々余談ですが、サッカージャーナリストの木崎伸也氏が、遠藤選手は大変なメンタルエリートだと話されていたと記憶しています。VfBシュトゥットガルト所属時の2021-22年シーズンは外国人選手にも関わらずチームキャプテンを務めていたそうです。言語の壁を乗り越えるほどの優れたキャプテンシーを持つ彼がショックアブソーバーとしても超一流であったことは想像に難くないですね。
人材紹介という仕事を通じて数多くの転職者と向き合ってきた身からすると、こうした「もやもや」は、組織を支え続けてきた優秀な人材が退職を決意する直前の姿とよく重なります。経営者は決まって「まさか、あの人が辞めるとは思わなかった」と言う。しかしその「あの人」は、突然辞めたわけではありません。長い時間をかけて組織の揺れを吸収し続け、誰にも気づかれないまま限界を迎えていただけなんです。
組織が本当に見るべきなのは、「誰が辞めたか」ではない。「なぜ一人の人にそこまで支えさせてしまったのか」です。その問いに向き合わない限り、次の「あの人」もまた、静かに組織を去っていくことになります。
■よくある質問(FAQ)
Q. ショックアブソーバー社員とは何ですか?
ショックアブソーバー社員とは、組織内で発生する問題や負荷、人間関係の摩擦などを、自ら引き受けて周囲への影響を最小限に抑えている人材のことです。
責任感が強く、周囲への配慮もできるため、組織にとって欠かせない存在ですが、その負担は見えにくく、限界に達すると突然退職してしまうケースがあります。
Q. 優秀な人材が突然退職するのはなぜですか?
優秀な人材ほど、組織の問題を自分で吸収しようとする傾向があります。
そのため、不満を表に出さず、周囲からは「問題なく働いている」と見えてしまいます。しかし実際には、負担や違和感が積み重なり、限界を迎えた時には退職の意思が固まっていることも少なくありません。
Q. 管理職はショックアブソーバー社員をどのように支援すればよいですか?
重要なのは、「問題が起きてから対応する」のではなく、日頃から役割や期待を共有し、定期的に対話することです。
責任感の強い人ほど、自ら助けを求めません。そのため、管理職は成果だけでなく、負担の偏りや心理的な状態にも目を向ける必要があります。
Q. この考え方はサッカー日本代表だけに当てはまる話ですか?
いいえ。サッカー日本代表は一つの事例に過ぎません。
企業や組織でも、責任感の強い人材ほど周囲を支え続け、その結果として組織の課題が表面化しにくくなるケースは少なくありません。本記事では、遠藤航選手の事例を手がかりに、企業の組織マネジメントへ応用できる考え方として紹介しています。
次回は、この背景にある日本企業特有の「空気」や責任の構造について考えてみます。
【3回シリーズ】
② ショックアブソーバー──優秀な人材は、なぜ組織を支えすぎてしまうのか
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